一部は全部・全部は一部


もじゃもじゃ頭の彼を最近見かけなくなりました。
我が街のあるスーパーで、夕方にはいつもレジ打ちをしていたSさん。
密かに私が心を寄せていた憩いの存在だったのに、
一体どこへ行ってしまったのでしょう。しくしくしく。


Sさんはおそらく中国籍の、ひょろりと長い青年です。
アジア人独特の粗野なところも(あくまで日本人にとっての感じ方)なく、
流暢な日本語できめ細かい配慮をしてくれる素敵なアルバイトさんでした。
このお店を利用する夕暮れ時はいつだってきょろきょろ眺め回して、
いついかなる場合でもSさんの列に並ぶって、決まりごとなのでした。


Sさんが気になり始めたことの起こりは何でもない日常の一瞬です。
商店街をぽてぽて歩く私服のSさんを偶然見かけたのでした。
その時彼のしていたベルトが、どくろモチーフでぐるりと縁取られた模様。
失礼ながら特に可もなく不可もない格好だっただけに、
どくろの鮮烈さがやたらと際立ってチカチカ瞬いているのでした。
彼が歩くたびに揺れて付いてゆく。どくろが。どくろって。


「今この人の緊張感は0に近いんだな、
ほー案外普通の青年として生活をしているわけか。」
と、当たり前のことを何を考察しているのだ私は。
彼の歩いてゆくのをぼんやり見送りながら心の中で笑ったものです。


そして、何が変わるわけでもなく、ただひっそりとこう思うだけの日々でした。
あっ今日もSさんが働いている。嬉しいな。ありがとう。と。
彼は仕事も早い切れ者のようでしたので、
つるりと店員さんになっていたりするのかも知れません。
いずれにせよ元気で生きていてくれたらそれで良いと思っています。


Sさん以外にも、薬屋さんのAさんや、雑貨屋さんのBさんや、
一方的に慕っている「この街のあの人」は幾人かいるのです。
もともと他人にあまり興味を持たないのですが、
ふとしたきっかけで頭の住人になってしまう他人がいるのは面白いものです。
どこかで私も誰かの頭の片隅で暮らしていたら、そんな愉快なことはありません。